十郎リンゴ
リンゴの気持ち...
皆様コンニチワ、私の名前は十郎リンゴと申します。
私達は秋田県のきれいな水と大自然に囲まれ、十郎さんとケイ子さんに育てられました。十郎さんはランプ生活の中、クワ一本で山々を開墾し、貧しいながら娘三人を育ててこられました。しかし、十年ほど前に、収穫を目前にして十郎さんは他界してしまいました。この時、私達リンゴの木が切られそうになりましたが、お嫁に行った三女の保子さんが十郎さんの跡を継いでくれる事になりました。

 保子さんは慣れない手つきで本を読んだり人に聞いたりして必死に私達の世話をしてくれました。しかし努力とはうらはらに、台風でリンゴが落ちたり、大雪で木が折れたり病気がついたり・・・・・・それはそれは大変なものでした。

3.11の東日本大震災。

それは偶然とともに美容院も移転となりました。
今後はリンゴでの支援ではなく、美容院で頑張りたいという気持ちで、十郎リンゴを終わらせたいと思います。

手紙
同封した手紙
十郎リンゴの歴史
平成7年
十郎さん他界。7月から保子さんリンゴスタート!

平成8年
リンゴ市場始まって以来の価格暴落。
400箱で保子さんに入ったお金382円。

平成9年
大雪で枝が折れる。

平成10年
ウサギに芽を食べられる。出荷前に雪が降る。

平成11年
クマ出没、山のあっちこっちにクマのウンチ。
(リンゴが美味しかったのでしょう)

平成12年
大雪で木が折れる。 そして、シカに芽を食べられる。

平成13年
リンゴの花が満開の時、十郎さんの妻ケイ子さんが他界。

平成14年
リンゴ市場最悪の出荷前の大雪、雪で一夜にして全てが埋め尽くされる。
この時5本の木が根っこから倒れる。(もうやめようと思った)

平成15年
インドに行く。日本から初めてリンゴが輸出される。
だけど・・・お金は1円にもならない。
インドへ

平成16年
新潟に行く。3度の台風にも落ちなかったりんごが、全て新潟に手紙付きで送られる。
被災地へリンゴ45,000個
中越地震被災地にリンゴ4万5000個
愛のリンゴ交流生む
新潟中越地震インタビュー
地震被災地に希望のリンゴ
新潟中越地震の時に送った手紙

平成19年
全国のイジメ問題で苦しんだ学校へ
「いじめ自殺」25校へ 1万個のメッセージ 心に届け十郎リンゴ
いじめの根絶願う
秋田から豊島区へ 励ましのリンゴ
秋田から豊島区へ 励ましのリンゴ

平成20年
中国・四川大地震の被災した子供たちへ
ブログで紹介されました!
十郎リンゴ 海渡る
十郎リンゴ 海渡る

平成21年
東京立川社会福祉協議会 立川市の高齢者施設等
メッセージ添えてリンゴ1万個寄贈
施設に善意のリンゴ

平成22年
宮崎県口蹄疫の全ての被害農家へ
口蹄疫の被害を受けた宮崎県の畜産農家へ
リンゴ食べて元気を出して

Crossroad 1月号 Crossroad 1月号 記事内容
Crossroad 2/3月号 Crossroad 2/3月号 記事内容
十郎リンゴフォトギャラリー
収穫直前突然の大雪
払っても払っても積もる雪
リンゴをもらいに来たスタッフ
無言で見つめ合う二人...?
出発を待つ十郎リンゴ

こうやるんだよ。
ほれ、頑張れ
雪を掘るスタッフ
出荷を待つ十郎リンゴ
作業時はいつも賑やか

木の上に登るサル2匹
さあ上やるぞ!気合じゃあ~!
よいしょ~、もう少し
今年のリンゴ、どさ行ぐべ
こら!真面目にやれ!

あ~あ 山はエ~なぁ~
このリンゴが3度の台風に負けなかった!
収穫作業中「いやぁ~ん、ちゃんとおさえててよ~」
美しい赤と白。でも悲しい。
オラは一生忘れねぇ!この寒さ!

出荷を待つ十郎リンゴ
山に現れたクジャク
十郎リンゴ油絵01
十郎リンゴ油絵02
ギャラリー01

ギャラリー02
ギャラリー03
ギャラリー04
ギャラリー05
ギャラリー06

ギャラリー07
ギャラリー08
ギャラリー09
ギャラリー10
ギャラリー11

ギャラリー13
ギャラリー14
ギャラリー15
ギャラリー16
ギャラリー17
ギャラリー18
ギャラリー19

ブログでも紹介されました
リンゴに同封した手紙
ひとつひとつ手紙を添えました
目をゴシゴシ。頑張るぞ!
作業風景

作業風景
がんばったー!
ブログで紹介されました。
ニュースサイトで紹介されました。